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広島地方裁判所 平成5年(ワ)551号 判決

原告 国

代理人 稲葉一人 佐下勝義 ほか四名

被告 株式会社広島銀行

主文

一  被告は原告に対し金六五万六八七一円及びこれに対する平成三年九月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文第一項と同旨

第二事案の概要

本件は、原告が株式会社イシザキ(以下「滞納会社」という。)に対する健康保険料等の滞納債権を徴収するため滞納会社の被告に対する当座預金債権を差し押さえたとして、取立権に基づいて第三債務者である被告に対し右預金債権の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実(左記2ないし4、6、7の各事実)及び証拠により容易に認められる事実(左記1、5の各事実)

1  原告は、滞納会社(本店下関市大坪本町三五番七号)に対し、平成三年七月一七日現在、健康保険法七七条及び七九条一項に基づく健康保険料九二万九〇三六円、同法一一条四項所定の延滞金、厚生年金保険法八二条二項及び八三条一項に基づく厚生年金保険料二一九万六〇一三円、同法八七条一項所定の延滞金並びに児童手当法二〇条一項一号に基づく児童手当拠出金九七六二円、同法二二条で準用する厚生年金保険法八七条一項所定の延滞金、合計七三二万五九一一円のいわゆる社会保険料等債権(以下「本件滞納債権」という。)を有していたが、右額は、平成五年三月一二日現在で九一万九二三五円となっている(〈証拠略〉)。

2  滞納会社は、平成三年七月一七日現在、被告に対し当座預金六五万六八七一円(以下「本件当座預金」という。)の支払請求権を有していた。

3  原告(所管行政庁下関社会保険事務所)は、本件滞納債権を徴収するため、同年七月一七日、本件当座預金支払請求権を差し押えた(健康保険料にあっては健康保険法一一条の四、厚生年金保険料にあっては厚生年金保険法八九条、児童手当拠出金にあっては児童手当法二二条において準用する厚生年金保険法八九条が各準用する国税徴収法六二条の規定に基づくもの)上、同日、履行期限を即時と定めた債権差押通知書を被告に送達し、同年九月六日被告に対し本件当座預金支払請求権の弁済を求めた。

4  被告は、平成二年九月一四日、滞納会社に対し手形貸付けの方法により五〇〇万円を弁済期平成三年九月一三日と定めて貸し付けた(以下、右貸付けに係る債権を「本件貸付債権」という。)。

5  滞納会社は、和議開始の申立てがなされたことにより、被告との銀行取引約定に基づき、本件貸付債権につき期限の利益を喪失した(〈証拠略〉)。

6  被告は、平成三年八月九日付け内容証明郵便により滞納会社に対し、本件貸付債権をもって、滞納会社の本件当座預金支払請求権をその対当額において相殺する旨の意思表示をした(以下、右相殺を「本件相殺」という。)。

7  滞納会社に対し平成三年六月二九日山口地方裁判所下関支部に和議開始の申立てがなされ、同年一二月一一日和議が認可され、平成四年一月一〇日和議認可が確定したところ、被告が右和議開始の申立てがなされたことを知った後に、被告の滞納会社名義の当座預金口座に第三者から金員が振り込まれ、前記差押えがなされた当時、被告は、滞納会社に対し本件当座預金債務を負担していたものである。

二  争点

本件における争点は、本件相殺は、和議法五条によって準用される破産法一〇四条二号の規定により許されないかどうかである。

(被告)

本件相殺は、同号ただし書により許される。

第三争点に対する判断

一  和議法六条により、和議開始の申立ては、破産の申立てとみなされるから、和議法上の和議債権者が和議開始の申立てがなされたことを知りながら、債務者に対して債務を負担したときは、右債務を受働債権とする相殺は、和議法五条によって準用される破産法一〇四条二号本文により許されない。

被告の滞納会社に対する本件当座預金債務は、被告が本件和議開始の申立てがなされたことを知った後に、被告の滞納会社名義の当座預金口座への第三者からの振込みによって滞納会社に対し負担するに至ったものである(滞納会社と被告との間で、第三者からの滞納会社名義の当座預金口座への振込みに基づく入金により預金が成立する旨の合意がなされていたことは、弁論の全趣旨により明らかである。)から、破産法一〇四条二号本文の債務に当たるものというべきである。

二  そこで、被告の本件当座預金債務の負担が同号ただし書に該当するか否か検討する。

1  右ただし書前段の債務の負担が「法定の原因」に基づくときとは、当事者間の法律行為等の作為によらず、相続、合併、事務管理、不当利得等のように法律の規定によって当然に債務が発生し、又は帰属する場合をいうものと解されるところ、被告の本件当座預金債務の負担は、滞納会社と被告との当座勘定取引契約に基づくものであって、「法定の原因」に基づくものでないことは明らかである。

2  右ただし書中段の相殺禁止の例外規定は、債務負担の原因が支払停止等の前である場合、相殺の担保的機能を信頼、期待し得る債権者を保護する趣旨であることにかんがみると、右中段にいう債務負担の原因とは、債権者がその原因に基づく債務を受働債権として相殺することを期待するのが通常であるといえる程度に具体的直接的原因であることを要するものと解するのが相当である。しかして、当座勘定取引契約を締結した場合、振込入金により具体的な預金債務を負担するのは、全くの偶然の事実によるものであり、当座勘定取引契約の締結により、債務者(金融機関)が直ちに預金債務を受働債権として相殺することを期待するのが通常であるとはいえないのであって、当座勘定取引契約をもって右にいう具体的直接的原因であるということはできない。

したがって、被告の滞納会社に対する本件当座預金債務の負担は、被告が和議開始の申立てを知った後の第三者による振込みが原因であり、右ただし書中段に規定された原因によるものではないというべきである。

3  右2で述べたところから、本件当座預金債務の負担が右ただし書後段の原因によるものでないことが明らかである。

三  そうすると、本件相殺は、和議法五条、破産法一〇四条二号によりその効力を生じないものというべきである。

四  以上によれば、原告が滞納会社に対する本件滞納債権を徴収するため差し押えた本件当座預金支払請求権の取立権に基づいて、被告に対し本件当座預金六五万六八七一円及び支払請求の日の翌日である平成三年九月七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本件請求は理由がある。

(裁判官 高升五十雄)

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